日本楽譜出版社

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ハンコ浄書の世界

ハンコ浄書は職人さんの手によって1枚1枚丁寧に作られます。

ヨーロッパでは銅版に刻印を施す、まるで銅版画のような作り方で出版楽譜が伝統的に作られてきましたが、日本、そして韓国では、最初期からハンコによる浄書譜が作られてきました。

滅多に見る事の出来ないハンコ浄書の道具を紹介していきましょう。

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少し見にくいかも知れませんが、上の写真のようなハンコに、ト音記号やシャープ、フラットなどの臨時記号、音符の玉や8分音符符尾、そしてフォルテ、ピアノなど様々な記号が彫られています。ハンコは指先でやっとつまめるほどの大きさです。当社の場合、これらは木製の土台を使っています。

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cresc.やdim.などの強弱記号、あるいはespr.やdolceといった表情記号はアルファベットのハンコを使って、その都度組み合わせていきます。音符関係の記号と違って、金属製の土台を使っています。

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上記のハンコにインクをつけて押していくわけですが、ただペタペタと押して行くだけではうまくいきません。薄すぎず、濃すぎず、丁度ノリが良いインクの状態を作る必要があります。その日その日の気温、湿度によってもインクのノリは変わってきてしまうので、長年の経験と勘によってベストなインクの状態を作り出します。

浄書用定規
スラーや強弱の松葉は場所場所によって長さ、角度がまちまちなので、ハンコではなく、定規を使って書き入れていきます。特にスラーの繊細な表情は、楽譜の顔とも言えるもので、見た目の印象を決定づけますから、最適な定規をうまく見つけ出すことが大切です。

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これが当社の大事な宝、浄書家の阿部忠重氏と、その仕事場です。長年の作業の中から、手を伸ばすだけで必要な道具が手に取れるように全ての配置が決まっているそうです。氏の作業は、真っ白な紙にどのようにして五線や音符を配置していくか計算するところから始まります。そして一音一音、気の遠くなるような浄書作業を丹念に続けて行きます。既にかなりの数のスコアが当社から出版されていますが、近年の大仕事としては、例えばラヴェルのボレロ、ダフニスとクロエ第2組曲などがあります。

氏が作成した楽譜には、最後のページに「浄書 阿部忠重」と署名が入っていますので、それを見たら彼の存在を思い出して下さい。現役のハンコ浄書家としてはおそらく国内最高齢なのではないでしょうか。当社には他にもハンコ浄書家がいますし、コンピュータ浄書による出版物も増えてきていますが、「まだまだ現役!」と新たなページに取り組み続ける彼の存在は当社の精神的な支柱となっています。

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こちらは浄書家の佐々木征司氏と、その仕事場の写真です。上の阿部氏の後輩に当たります。阿部氏と同じような道具を使って浄書していますが、阿部氏の楽譜がどちらかと言えば密度が濃いのに対して、佐々木氏の楽譜はすっきりとスマートな仕上がりが持ち味です。同じような道具・方法を使い、極めて職人技に忠実に楽譜を作っていっても、その人のセンスや持ち味によって細部に微妙な表情の違いが出てくる、このあたりがハンコ浄書の最大の魅力とも言えるでしょう。佐々木氏の作品は、当社のハイドン弦楽四重奏などで確認する事ができます。